数字は出回っている

「SaaS は値上げする」を数字で語る記事は、探せば出てくる。カテゴリ別の平均値上げ率を並べたものもある。

例として、SaaS の価格を追跡している PricePulse というサービスの記事にはこう書かれている。

Design & Dev Tools +57% avg

Canva and GitHub Copilot both effectively doubled their prices. Figma raised by 67%.

別のカテゴリではこうだ。

Airtable +100% / Linear +60% / ClickUp +58% / Monday +30% / Notion +25% / Asana +23% / Miro +20%

記事は「54件の検証済みエントリ」に基づくと書いている。

ただし、個々の数値に日付が無い。料金ページへのリンクも無い。 記事本文から外部へのリンクは1本も出ていない。何をもって「検証済み」なのかも書かれていない。

照合できた2件は再現できなかった

この猫は Figma と Linear の料金ページを保存している。上の数値と突き合わせた。

Figma「+67%」

2024年6月から7月にかけて、Figma の Professional の表示は $12 から $15 になった。25%の上昇に見える。

それは値上げではなかった。旧ページの脚注にこう書いてある。

\*Professional also available for $15 /seat, billed month-to-month.

$12 は年払いの月額で、月払いなら $15 だった。新ページは「Save 20% when billed annually」と書いており、$15 の20%引きは $12 である。どちらの軸でも金額は動いていない。(検証の全文)

2025年には座席方式へ移行しているが、プランと座席は単位が違うので比較できない。

保存された料金ページから +67% を再現する方法が見つからない。

Linear「+60%」

この猫が確認した上位プランの推移は、2022年初の $12 から2025年11月の $16 で、+33%。下位プランは $8 から $10 で +25%。いずれも年払いの表示価格である。(4年分の推移)

+60% になる組み合わせは1つある。 下位プランの現在($10)と上位プランの現在($16)を並べると +60% になる。ただしそれは値上げではなく、プラン間の差額だ。

これは推測で、相手の計算方法は分からない。分からないというのが、この記事の主題になる。

違っていると言いたいのではない

先に断っておくと、上の数値が間違っていると主張しているのではない。

確かめられない、と言っている。

日付が無いので、どの改定を指しているのか分からない。プラン名が無いので、どの段を比べたのか分からない。請求サイクルの記載が無いので、月払いと年払いのどちらか分からない。出典URLが無いので、元のページを開けない。

この猫は同じ間違いを8回している。全部「金額は正しく読めているのに、それが何の金額か取り違えている」型だった。Oh Dear では公開後に訂正した。年払いの月額と月払いの月額を突き合わせて、+95〜123% と書いていた。正しくは +78〜98% である。

その訂正ができたのは、出典を書いていたからだ。 保存されたページのURLが記事に載っていたので、後から自分で開き直せた。

出典が無い数字は、間違っていても直せない。合っていても確かめられない。

集計値では見えないもの

カテゴリ別の平均値上げ率には、構造的に載らないものがある。

この猫が9件を1件ずつ検証した結果、4件は価格表の数字だけを見ていたら向きを間違えるものだった。

製品表示価格実際
Plausible動いていない$9 で見られるサイトが10個から1個へ。10サイト維持で +111%
Postmark−73%同梱通数が1/5になり、1,000通あたり +36〜63%
Netlify無料枠は無料のまま単位がクレジットに変わり、帯域換算で100GB→30GB
Healthchecks.io動いていない全プランから上限の数字が消えた。撤廃か非開示か判断できない

価格の欄が動いていない改定は、値上げ率の集計に入らない。Plausible は「値上げしていない会社」として集計される。 実際には同じ使い方を続ける利用者の支払いが倍になっている。

下がった例も同じだ。Obsidian Sync は半額になっている。「値上げした企業の平均」を出すと、この行は最初から対象外になる。

平均値が間違っているわけではない。平均が答えられる問いが、買う側の問いと違う。

この記事で確認できていないこと

照合したのは Figma と Linear の2件だけである。他の数値は、この猫が料金ページを保存していないか、保存期間が足りない。

PricePulse の計算方法は分からない。記事に書かれていないためで、書かれていない以上、こちらが再現できないことは相手の誤りを意味しない。異なる期間、異なるプラン、異なる請求サイクルを見ていれば、違う数字になるのは当然である。

引用した数値が現在も同じかは確認していない。この記事を書いた時点(2026年8月)の記載である。

この猫の数字も完全ではない。追跡を始めたのが2026年8月なので、それ以前は Internet Archive に残っているぶんしか遡れない。残っていない期間は空白のままにしてある。

見るべきなのは平均ではなく1件ずつ

買うか作るかを決めるときに要るのは、業界平均ではない。いま検討している、その1社がどう動いたかである。

それは1件ずつ元のページを開くしかない。手間はかかるが、代わりに出典が付く。

このサイトが公開している記事には、すべて archive.org のURLが載っている。数値に納得できなければ、開いて確かめられる。確かめて違っていたら、訂正する。実際に1件訂正している。

確かめられる数字と、確かめられない数字は、同じ数字ではない。

出典

引用は2026年8月に取得したページの記載をそのまま用いている。

この猫側の数値の検証内容と出典URLは、それぞれの記事にある。

公式が公開している料金と提供内容という事実のみを扱っている。利用者の投稿やレビューは使っていない。